2008年6月28日土曜日
タワーマンション・ライフ(71)ときどき別世界に行きたい
いつもビルの間で生きている僕にとっては、ノスタルジックな食堂よりも、もっともっとノスタルジックな世界へ行くことになった。
友達のN氏は、徳川家の縁戚だそうで、徳川家の菩提寺である知恩院に行こうと誘ってくれたのだ。
折しも梅雨空で、今にも雨が降りそうだったけど、こういう天気もまた風情があると期待して、京阪淀屋橋駅でN氏と待ち合わせた。
後、3ヶ月余りで、自宅のそばの中之島駅から京都まで直通で行けるようになる予定なので、秋の紅葉見物が楽しみだ。
京阪四条で下車して、八坂神社の裏手にある知恩院まで歩いたが、途中、めちゃきつい石段があって、どっと疲れてしまった。
しかし、知恩院の境内に入ると静寂そのもの。
若い修行僧と思われる人たちが本堂の清掃に余念がなかった。
本堂では、数少ない観光客が、ガイドの指示に従って、ずっと上を見ている。
何だろうと思って近寄った。
そう、そう。ここの軒には、左甚五郎の忘れ傘があったのだ。
ちょっと写真を撮ってみたけど、分かる?
その後、N氏が徳川一族の証を見せると、本堂を通り抜けて奥の院?に渡る廊下を通って、その昔、大名が使ったとされる「なんちゃらの間」に通された。
襖は、国宝と書いてあるが、狩野派の水墨画で、かなり色あせている。
この部屋から庭の山水を眺めるととても素敵なんだけど、襖の保存に悪影響が出るとのことで、開放禁止。
おまけに、本堂以降は撮影禁止なので、何にもない。。。
国宝の襖に囲まれてしばらく待つと、お抹茶と徳川家の家紋入りのお菓子をサービスされた。
ここで、N氏と30分くらい雑談をしたんだけど、その間、監視は一切なし。
それで、襖絵などに傷が入ったりしていないのは、考えるとものすごいことだ。
何しろ、この建物が再建されたのが江戸時代初期とのことで、350年ほど経過している訳だけど、紙と木でできた建物が無傷で存在しているのだ。
もっとも、徳川家ゆかりの人が、菩提寺に傷をつける訳がないだろうけどね。
2008年6月27日金曜日
タワ-マンションライフ(70)ノスタルジックな食堂
ボクが堂島と言う地に住んで、かれこれ30年になるけど、最初、入居したマンションと現在住んでいるマンションのすぐ近くにノスタルジックな地下食堂があることは知っていた。
ところが、今日、初めてその食堂に入った。
入り口は、狭く階段は急で、めちゃ入りにくいんだけど、中は比較的広くて大勢の人がいたのでびっくりした。
作り置きの惣菜を選んで食べることもできる、昭和の食堂イメージそのもので、うれしくなってしまった。
近くの会社の人が多く、通りがかりの女性もいた。
こんな雰囲気だとボクなんかも食べやすいなあ。
最近、オープンした店は、ワインやパスタなどの専門店を謳っているけど、1人で食事に入って面白いとは思えない。
新しい店は、経費をかけて、マーケットリサーチをして、小奇麗に作ってあるはずなんだけど。。。
ま、多くの店のターゲットが若い女性という設定なので、それでいいのかも知れない。
ボクが、街の求める世代から離れつつあるのだろうから。
しかし、都心と言う場所は、住んでいる住民のための街から、通りすがりの人間の街に変りつつあるのだ。
最近では、街の風情が大きく変りつつある中、ボクが通勤するのでなく自宅に居座ることになったこともあって、もともと住んでいた人たちとおしゃべりができる機会が増えてきたのだ。
ボクにとっては、言わば地元再発見なのだ。
食堂のおばちゃんに、「ボク、30年住んでいて、このお店に入ったの、初めてなんです。」と言ったら、「あらぁ、それは良く来てもらいましたねえ。」
「ドルミ堂島というマンションができたときに、この街に来たんよ。」
「そのころ、うちの食堂は既に営業していて、そのマンションの建設をしていた監督や作業員の人も良く来られてましたよ。」
「へえ、そうですか。あのマンションは、大阪市内に初めて建設されたモノでしたもんねえ。」
「そのときの監督というのがすごく構造に詳しくてね、「地下をこんな風に造ってあるので、地震には強いんだ」とか自慢してはりましたよ。実際、阪神大震災のとき、他のマンションはかなり被害があったんですけど、あのマンションはほぼ無傷でしたもんね。」
もちろん、その当時は耐震構造も免震機構もなかった時代だからねえ。
震災のときは、ボクは奈良にいたんだけど、このマンションの部屋の中は書籍や食器が散乱して、まるで焼却炉の中のようになっていたけど、建物は棟の継ぎ目がはずれただけだったもんな。
「でも、この辺りもずいぶん変ってきたよね。」
「そうですわ。ここんところ、周辺の建物がどんどん新しくなってね。今度、駅ができたらもっと変わるでしょうねえ。」
「向かいのBMW販売店も別の場所に移ったし。。。」
「そうです。でも、あの会社は、立て替えが終わったら、また戻られるそうですけどね。」
「そうなんですか? で、このメリヤス会館はどうなるの?」
「まだ、何の噂も出てませんねえ。」
「いずれにしろ、駅前の一等地となる場所をこのままの姿で置いておくはずはないよね。」
「そうなったら、私ら、出て行かなんとしょうないですわ。」
「バーンと大きくやったらいいですやん。」
「そーんな、とてもそんなパワーはないですよ。」
などと、食後の会話をゆっくり楽しんだ後、狭い階段を上って外へ出た。
外は、梅雨の中休みの太陽がまぶしかった。
2008年6月24日火曜日
タワーマンション・ライフ(69)ノルディック・ウォーキング
(Photo: Nordic Walking on riverside road front of my house.)
先日、ノルディック・ウォーキングの活用方法についてインストラクタの方に教えてもらい、ボクのリハビリに役立つだろうと早速、スティックを購入した。
自宅マンションの川向いに、ちょうどノルディック・ウォーキングの練習に最適と思われる川沿いの道?があるので、そこで練習することにした。
梅雨時だったけど、今日は雨もなく、ウォーキングにはバッチリの天候。
最近、ずっと杖を使っていたが、どうも右手にのみ負荷がかかって、左肩が下がってきた。
それから、椅子に座っても体がゆがんでいるような気になり、これによって左右のバランスを良くしたいと思っている。
スティックの素材には、カーボンとアルミがあるが、カーボンの方がやや軽いが2倍くらい高価。
そのため、今回は、アルミのスティックを選んだ。
しかし、実際に使ってみると、十分軽い。
スポーツ競技に使わないなら、これで十分だと思う。
問題は、歩く場所だ。
できれば、草原や並木道を爽やかに歩くのがいいんだろうけど、街の中ではそうもいかない。
その点、ボクの家なんかは恵まれていると思う。
自宅から出ればすぐに公園や遊歩道がある。
特に遊歩道はほとんど人がいないし、中之島線が完成すれば、さらに遊歩道が整備されるので、ノルディック・ウォーキングにもってこいではないかと期待している。
2008年6月22日日曜日
タワーマンション・ライフ(68)レトロな町並み
ボクの住んでいるマンションは、10年前くらいに建設されたんだけど、大阪市福島区のこの付近は、先の大戦で爆撃に遇わずに済んだエリアだったので、レトロな建物も結構残っている。
そばの堂島大橋は爆撃で橋の上のコールタールが長い間燃えていたそうだ。今でも、橋の欄干は黒く煤けたまま残っている。
また、橋の北詰には、「メリヤス会館」という超レトロな建物がある。
昭和4年に建設されて、莫大小製品輸出組合の事務所として使われていたそうだ。
30年前にボクがこの地に住み始めた頃から、このビルはもうすぐ取り壊されるだろうな、と思いながら眺めていたが、なんのなんの、だんだん周辺の建物が近代化されると、返って存在感が増してきているように思える。
しかし、もうすぐ駅から徒歩1分となる場所だけに、このままの形で存在するのは、難しそうな予感。
堂島川に沿った細い道は、昔は蜆川という川だったんだけど、明治42年の「北の大火」で焼け落ちた家の瓦礫で埋まってしまったそうだ。
以前、道路工事をしていて表面のタールを剥がしていたことがあったが、下には綺麗な煉瓦が敷き詰められた粋な道路が現れていた。
それから、この蜆川後の道路と堂島川に挟まれた場所は、堂島浜通り○丁目という素敵な呼び名だったのに、ボクがこの地に引っ越す寸前に福島○丁目というしょ~もない名称に変ってしまった。
この道を東に少し歩くとユニークな形のイカリソースの本社ビルがあったが、近年、会社の不祥事が原因か、詳しくは知らないけれどビルが解体され、「堂島タワー」と呼ばれるマンションの建設が始まっている。
その東には、NTTの古~い寮のあとにコミュニティビルが建っている。
しかし、その裏側にはかなりレトロな建物が今も残っている。
これらの建物の建替えは、時間の問題だろうな。
2008年6月16日月曜日
タワーマンション・ライフ(67)線路工事は終盤
朝早くから、すごい工事の音。
長い間、堀まくっていた中之島線の工事だけど、今までは地下の作業が多かったから、比較的大きな音がしなかったんだろうけど、ここにきて埋め戻し工事が終わり、いよいよ地上の整備に入った。
特に仮遊歩道を撤去して駅の出入り口や新しい遊歩道などの工事に入ると、やはり音が拡散するのだろう。
リーガロイヤルホテルや国際会議場に繋がる地下道の工事は終了したようで、今は出入り口工事の最中だ。
中之島駅は、どうやら堂島大橋のそばにも出入り口ができそうなので、比較的ボクのマンションからも近いところになる。
足が不自由だと少しでも歩く距離が少なくなるとうれしいもんだ。
ところで、この出入り口にエレベータは付かないよね。きっと。
なぜなら、向かいが国際会議場の地下通路なので建物のエレベータを使いなさいと言う設計になっているはずだからである。
ま、それでも特に支障はないけどね。
見た目には順調に工事が進んでいて、予定通りの開通になりそうで、秋の京都行きが楽しみだ。
2008年6月9日月曜日
タワーマンション・ライフ(66)ちょいと人間ドッグ
最近、自宅の近くにオープンした「中之島クリニック」。
今日は、初めて「人間ドッグ」のために、そこに出かけた。
自宅から、堂島川沿いの遊歩道を歩けば5分で到着。
ほたるまちの手前に突然建てられたクリニックで、関西電力病院の系列だ。
オープンしたばかりなので、やたらきれいし、患者?、客?もまだ少ない。
何しろ、
1F 受付
2F PET(動物病院じゃないよ)
3F 人間ドッグ
4F 事務所
5F 喫茶
というシンプルな建物で、入院する患者などがいないから至って簡素。
受付で30分くらい待たされたけど、人間ドッグのフロアである3Fの受付に行くと、すぐにゴルフ場のロッカールームのような部屋に案内されて診察着に着替え、ロビー風な場所で椅子に座って呼び出しを待つ。
このロビー風の待合室というか、沢山用意された雑誌を読みながら、堂島川やほたるまちをガラス壁越しに一望でき、とても気持ちがいい。
ここでコーヒーでも飲みたいが、診察待ちの状況で、それは無理。
一応、大きなガラス壁に白いカーテンがつけられたレディスエリアも設けられていた。
でも、1フロアで人間ドッグに関する診察がすべて行えるので、めちゃんこ効率よく行われる。
次の診察までの待ち時間が全然なくて、本もゆっくり読めなかったくらいだ。
エコーによる内臓検査は、きゃわいい女性医師。
「以前、測定されたとき、何かありましたか?」
「はい、エイリアンの卵が1つ。。。」
「。。。??」
測定中、横腹を触られるのでメチャこそばいが、笑うと失礼と思ってグッとこらえた。
「全部調べましたけど、エイリアンはいませんでしたよ。」
「あ、もう逃げたんでしょうかねえ」
朝から何も食べていないので、胃検査用のバリウムも比較的おいしくいただけた。
尿検査のとき、尿がまったく出ず、すべての診察が終わっても出ない。
「困りましたね。まあ、ごゆっくりしていてください。お水をもっと飲まれますか?はい、どうぞ。」
いろいろと優しく気を使ってくれるけど、待っている間に寝てしまった。。。
起こされて、無事、尿の採取に成功し、開放された。
めちゃ腹が減っていたので、近くの天どん屋に駆け込んで食べたけど、食べ終わったとき、中之島クリニックの最上階に喫茶があったのを、思い出した。
いずれにしろ、都心のマンションに住んでいるお陰で、こういう設備を徒歩圏で利用できるメリットは大きい。
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