2008年1月30日水曜日

タワーマンション・ライフ(46)高層階は寒い!




地球温暖化というものの、今年は寒いよ。

高層マンションは、特に寒い!

なんせ、地表の大気の温度は100mにつき、0.65度下がるので、ボクの住んでいるフロアは地上約130mだから、まあ0.7度くらい低いと見ていいだろう。

1度も違わないじゃん、と軽く言わないで。

風が強く、雲に近く、温暖なように感じられる地表のアスファルトなどから離れているので、実際はもっと寒いように感じてしまう。

それに、低いフロアだと見えないんだけど、遠くの山がうっすらと雪をかぶっているのを見ると、もういけない。

思わず「さっぶ~」となるのだ。

でも、冬は寒くていいのだ。

大阪なんて一冬に一回雪が降るかどうかの長閑な街なんだから、寒いったってたかが知れている。

それに、エアコンでポカポカと暖かくした部屋から、遠くの雪景色が見えるときなど(ほとんど、経験がないけど)めちゃ、気持ちがいい(はずだ)。

それでも、今年は珍しく本格的な雪が降った。大阪市内の雪景色なんてめったに見られるものじゃないから、気持ちはちょっとウキウキ。




仮定の話だけど、もし100階建てのマンションの最上階に住んでいるとしたら、地上300mくらいになるから、2度近く下がる訳だ。

でもって、300階建てのマンションが建設されれば、6度くらい下がるので、これは大分寒いな。

生駒山の標高が642mだから、200階建てと言えば、生駒山頂並みの高さになる。

そりゃ、300階だと寒いわな。

まだ、空気が薄いといって困るほどではないだろうけどね。

2008年1月17日木曜日

タワーマンション・ライフ(45)しまった!と思うとき



タワーマンションに住んでいたからこそ、困った!と思うことがある。

一番、多いのはエレベータで1階まで降りて玄関から出た時、「あ、雨が降っているではないか。」と分かったときだ。

「え~っ、傘が要るよねえ。これからまた43階まで戻らないといかんの?」

このときのショックはかなり大きい。

まず、キーで入り口のドアを開けないといかん。これが、かなり面倒くさい。

体が不自由だと、さらに気が重いのだ。しかし、これはタワーマンションでなくとも、そういうしくみを取り入れたマンションだと仕方がない。

問題は、エレベータだ。

一度、1階まで降りるだけなら、ほとんど負担は感じないんだけど、一度降りてから再び元に戻り、もう一度降りて来なければならないというのは、すごい苦痛に感じる。

駅まで歩いて行って「財布を忘れた!」と気がつくときの感じに似ている。

むしろ、そのときのほうが、エレベータで上下する時間の割合が小さいからか、あまりそういったショックは受けない。

エレベータで降りる途中に気がついたときは、面倒だと感じるけど1階で折り返す。
このときは、あまり「残念だ!」という気にならない。それより、エレベータから降りてドアが閉まった後でなくて良かったとホッとする感じだ。

やっぱり、一番のショックは、玄関から出て雨が降っていたことに気づいたときだ。「えい、駅まで5分くらいだから、このまま傘をささずに歩いていこう。」と決断して、びしょぬ濡れになって駅にたどり着いたことも何回もある。

43階のエレベータホールにも外が見える窓があるんだけど、土砂降りでない限り雨が降っているかどうかが分からないんだよね。雨が降っていることに気がつくのは、道が濡れて水溜りができているとか、傘をさして歩いているとか、車のタイヤで水の音がしているのを見たり聞いたりするからわかるのだ。

特に、小雨の場合などは、全く分からない。空が明るいまま雨が降っているときなど、雨と判断する材料が全くないのだから。

2008年1月15日火曜日

タワーマンション・ライフ(44)楽しい来訪者


東京から知人がやってきた。

「今度大阪に来る機会があったら、ボクんちに来てしゃべろうよ」と話していたら、早速来てくれた。

いつもの会議テーブルで、近くで買ってきたたこ焼をたべながら、おしゃべりが始まった。

彼は、大阪大学の先生だったけど、数年前に東京の大学に移ったのだ。

「大学は、やっぱり都心にないどダメだねえ。大阪大学医学部も中之島から千里に移転したので、民間人との交流が非常に少なくなった。」

ボクはすかさず「都市がその地域の文化の核になる施設を分散させたら、都市そのものが衰退するね。東京は、それでも都心に多くの大学が残っているけど、大阪の大学はほとんど都心から去ってしまった。阪大だけでなく、大阪市大も大阪市の端っこに移ったからね。」と続けた。

彼は、「東京の神田あたりは大阪弁をしゃべっている奴等がすごく増えたよ。大阪の若者が大量に東京に向かっているんだ。大学が都心を離れると、学生はその街から捨てられたように感じるし愛着もなくなり、皆、東京を目指すんだ。先生だってそうだよ。」と寂しそうに言った。

ボクも「大阪は、自ら衰退を招く政策をと取ってきたんやねえ。東京と同じような政策をかかげていたんじゃ大阪は街としての存在意義もないもんね。何よりも大阪府と大阪市で同じような政策を重複して推進しているようじゃね。」と、やはり寂しそうに言った。

「東京は、戦争のドサクサで現在の形になったんだけど、平常の社会で何らかの変革を起こすのはほとんど不可能やからね」

「じゃ、大阪は知事が変わったくらいでは変わらないね。」

「これから急速に東京に賢い人とか何かをやりたいパワーがある人が集中するね。地方はバカばかりになってしまう。この現象は、大阪でも、郊外から都心の高層マンションに若者が移動していることを見てもわかるように、惑星の誕生時のように情報の質量が大きい方に、情報を使える人が急速に集まるのは止めようがないからね。」

などと、彼が活動している東京とボクが住んでいる大阪の街の表情について、とりとめもない話をした。

その後、会議テーブルに設置したパソコンと大型ディスプレイを使って、お互いの話題をインターネットから資料を取り出しながらおしゃべりをした。

そのうち、ボクがニコニコ動画で見つけた面白いネタを見せながら、しゃべった。

「韓国と中国がすごく喧嘩をしているよ。」

「なんで?」

「韓国が、端午の節句を朝鮮の無形文化遺産と主張したから。」

「へえ?」

「それだけじゃないよ。孔子は朝鮮人、漢字や印刷の発明も朝鮮人によるものなんて言ってるんだよね。」

「そりゃ中国は怒るわな。」

それから、彼もニコニコ動画から面白いネタを取り出した。

「最近、フランスで日本文化ブームで盛り上がっているよね。」

「そうそう。メイド喫茶なんかのような若者の文化を馬鹿にしてたけど、あれだけインターナショナルにに流行るとは思わなかったね。」

「このフランスファイブの映像なんか、完全に日本のモノマネだからね。」

「立派なデザイナーとか大学教授なんかが、外国の文化を日本に取り込むことで必死だったのに、若者は自分たちが作った文化を外国にじゃんじゃん送り出しているんだもんね。」

「情報社会になると、文化がその国や地方のパワーを決定付けるんだよね。その点、韓国が他人の文化でも必死で自分のものだと主張するのは、ちゃんとそのことが分かっているんだね。大阪だって、韓国に負けないくらい厚かましくやればいいんだけど、情報社会の本質が分かっていないんだからどうしようもないね。」

などと話した。

こういう話をするときに、インターネットから関連する情報をすばやく取り出して、あいまいな部分を確認したり、関連するニュースを拾い出したりして、話のないようにさらに厚みを増す。

東京にいなくても、それに負けない情報の厚みを場として確保しておくことは大切だと思う。

しかし、そういう情報はもはや世界のどこにいてもインターネット環境さえあれば容易に構築できるのだ。ところが、東京に拠点を置く強みは、インターネットに流れないもっと熱い個別情報(これは、個人の頭の中にある)を交換できるところにある。

だから、大阪でその環境を求めるのは不可能だけれど、東京に住んでいる人よりもインターネット情報をうまく活用することで、対抗できる場を作ってみたいと考えている。

東京に住んでいる人間でも、情報の質量を感じている人はほんの一握りだろうから、その人とSkypeなどで緊密にしゃべれる環境を持てば、かなり面白いはずだ。

それに、大阪にやってくる東京人を引き付けられるような場を作っておくことによって、東京にいてもなかなか話ができないような人と話ができる可能性がある。

そうなんですよ。

東京から大阪に来て、ホテルなんかに寂しく泊まるなんてことでは、ダメなんだよ。
大阪に来れば、関西に住む濃い人たちとおしゃべりすべきだね。

ボクは、そのような環境を都心の自宅で実現しようとしているのだ。
そうすると、ボク自身がその話題の中に入れるではないか。

東京人さ~ん、大阪に来たらボクんちに泊めてあげるから、浮いたホテル代でたこ焼とビールを買ってきて下さ~い。